シニアおひとり様みさぽんブログ

夫も愛犬も亡くなって時々寂しくなるけど、そんなときは美味しものを食べてお出かけ。シニア世代前後60代の生き方ブログを綴っていきたいと思います。

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母親の認知症の速度に絶句とショック!毒親からの変貌、あなたはどこからいらしたの?

母親は昭和10年生まれ。

 

少し前から言動がおかしかったのです。

 

狂暴で怒ってばかり。

 

もう誰もかまってくれないと、家出を繰り返す。

 

私の面倒をもっと見ろ!

 

見ないのなら役所に通報する!

 

私の愛犬はそんな母に向かっていつも吠え、私をかばってくれました。

 

毒親の親から生まれた私たち姉妹。

 

なぜか最近おとなしくなってきたと思ったら、どうやら認知症が急速に進んだようです。

 

狂暴の時期を過ぎて、認知症が進みおとなしくなった母親。

 

そして昨日「あなたはどちらからいらしたの?」

 

と、母親から言われたのでした。

 

毒親から認知症へ変貌した母親、昔の面影はどこへ?

 

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認知症は突然ひどくなる!

 

昨日、母親は私に「どちらからいらしたの?」

 

と私の顔を見て言いました。

 

私はわざと言っているのかと思い、「はぁ?何言ってんの?」

 

そう言いましたら、また同じ言葉を私に投げかけたのです。

 

 これ大切!

  ↓↓

misapon.hatenablog.com

 

 

こりゃ、頭はここまできてしまったか!

 

とびっくりです。

 

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子供の事がわから無くなるとは聞いていたものの、まさかうちの母親が急速に認知症が進むとは!

 

私をだれかわからなくなったようでした。

 

また別の日は「お父さん、お母さん、お兄さんが3人ともどこか行っちゃった!」

 

と言ってました。

 

そこで私も大人げないというか、「誰よ、お母さんって!」

 

「お兄さんって、うちにはそんな人いないでしょ」

 

少し口調を強くしましたが、また同じことを言ってました。

 

急速に認知症が進んでいたのです。

 

毒親から認知症の年寄りへ変化した母親

 

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毒親だった私の母親。

 

70歳を過ぎたころから、「親の面倒を見るのはあたり前、おまえは親のことを何もしない」

 

と、なじってました。

 

私はそう言われるのが嫌で、保険を解約して母親に200万円くらい渡しましたが、覚えているのはその時だけ。

 

お金なんかもらった覚えはないと。

 

まぁ、覚えはなくてもいいや。

 

今までの教育費をかけてくれたぶんだと思って、返したと思えば良いだけ。

 

私に大きな声を出し、「面倒見てくれ!」

 

というと、私の愛犬は飼い主である「私をいじめるな」

 

と、言わんばかりに母親に向かっていつも吠えてました。

 

飼い主想いの愛犬。

 

母親よりも愛犬のほうがずっと好きでした。

 

もういなくなった愛犬。

 

私に残された使命は認知症の母親の面倒と、昔封建的だった年老いた父親の面倒。

 

親の介護で私の自由はどこへ?

 

母親の認知症と、肺炎から生還したものの、色んな病院へ通院している父親の付き添い。

 

両親の食事の世話。

 

妹と協力し、親の面倒を見ています。

 

今まで育ててくれ、家を残してくれたからしょうがないか!

 

と、毎日親の介護&面倒を見てますが、さすがに私の自由はどこ行った?

 

と、腹が立つこともあります。

 

なんでもかんでも娘がやってくれる!

 

やるのはあたり前。

 

病院の付き添いだけでも嫌になっちゃうのに、畑に行ってくれ、スーパーに一緒に行ってくれ!

 

ドラッグストアに行ってくれ!

 

ストーブの灯油の入れ方がわからなくなった!

 

薬は自分たちで管理はできないのはもちろん、私たちどちらかの姉妹がいないと薬を飲まない。

 

見張っていないとダメな両親。

 

あぁ、これから認知症がもっと進んだらどうしたら良いのだろう!

 

私が70代に入っても親が生きていたらと思うと、なんだか不安だわ!

 

9070問題、もしかしたら、10080問題になってしまうかも!

 

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