私は60歳になった今、「死」が身近に感じるようになりました。
- 自分の年齢
- 友人の死
- ペットの死
- 父親の理解能力の低下
- 母親が年々認知が酷くなってきていること
- ディサービスで80代、90代のお年寄りの実態を間近に見ているから
身近に感じるこれらの要素が多くなったためです。
死ぬのが怖い!
でもそれは心配しなくてよいのです。
死ぬ一瞬は我に返ったとしても、「天国への準備ができ、死への恐怖が無くなるホルモンが出る」
から怖さを感じなくなるのです。
人間はいつか死ぬけど、その時までは忘れている!
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死ぬことについてこんなに考えたのは、今年になってから。
今までは「いつかは人間は死ぬ」と言うことは想定外でした。
きっとみんなそう。
もしも、重篤な病気になり告知されたりしたら「死」身近に感じます。
そうではない健康体の場合、とくに60歳になる前までは自分の健康に自信があれば「いつかはあの世に行く!」
そんなことは、まず中々考えないのが普通ですよね。
毎日いつかは死んでしまうなんて考えながら生活している人はいないと思います。
それは、治らない病気を抱えている人以外の気が付いていない幸せでもあります。
忘れているというよりも、「自分もいつか死んでしまう」なんてことは想定外なんですよね。
わかっていてもそうとう未来のこと。
だから考えない。
「死」を意識するような告知があった時の心境
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病気じゃないのに、死ぬのが怖いと思う人もいます。
もちろん、死を意識する病気になってしまった人も「死」は非情に怖いものです。
まして、今の現代病気になったら昔では考えられないように本人に告知をします。
病名だけでなく、癌ならステージや余命まで本人に告げられるのも普通になってきています。
私は本人に病気の名前を言うのはともかく、あとどれくらいしか生きられないとか、ステージ具合を言うのは個人的に反対です。
私がとても弱い人間なので、はっきり言われた途端免疫が下がり辛くなって「死」も早まりそう。
メンタルがきっと付いていけません。
病名を告げられてうつ病になる人も少なくありません。
これは自分に与えられた宿命なんだと受け止めるしかないのか?
夫がガンになり、告知そして後どのくらいいきられるか、およそのことを私には伝えられました。
でも15年前のこと。
そして、医師の性格にもよるのでしょう。
本人である夫には「癌」だという事以外ステージも余命も伝えていませんでした。
それでも、診察で先生から話があると夫に言うたび震えてました。
その時はもしかしたら、治る見込みがないんじゃないかと「死」も意識したのだと思います。
本人は辛かっただろうに。
もっと気持ちに寄り添ってあげれば良かったと後悔してます。
死ぬのが怖いと思った時どうする?
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夫の病気が発覚して、手術、抗がん剤、家での傷の手当て、薬の投与。
そんな状態で数か月。
辛い抗がん剤。
日に日に力が無くなり、弱くなり体重も20キロ減り、本当に今思うと私が寄り添う力が薄すぎて申し訳なく後悔が時々襲ってきます。
本人の気持ちはさぞかし辛くて怖かったと思います。
最近、知り合いのお坊さんに聞きました。
死ぬまでの経過の途中はもちろん、病気なら怖さと共存することは避けられないかもしれない。
でも、死ぬ時は全く怖くないんだよ!
その時にある特有のホルモンがでるから。
そのホルモンが怖さ、不安を取り除きあの世への導きを楽にしてくれる!
それを聞いて、ふと気持ち明るくなりました。
あぁ、天国への準備のホルモンかぁ・・・
今から心配し過ぎてもしょうがない。
その時はその時。
死ぬときは一人。
でも、怖くないホルモンが出るから安心して良いとは知らなかった!!
そうだったのか!
不安だった気持ちを少し安心で来た私でした。